フルオーダーメイドで手描友禅の着物・帯を仕立てる金田京染店です。

 



1911年(明治44年)創業

今からさかのぼること約100年前。
金田京染店は山形県長井市に創業した着物の染色工場でした。

当時の山形県の置賜地方は、現在の米沢市を中心として、米沢藩・上杉治憲公(上杉鷹山)が、織物を発展させ、基幹産業として盛況を極めていました。

そのことから、長井市周辺にも米織の影響を受け、長井紬という織物が誕生し、地場産業となり、さらには紬織、染物、繭の生産等の「きもの」に関連した産業が非常に盛んでした。


当時は、まだ人々の生活の中で「きもの」は日常着として着用され、当店も幾人もの職人を雇い、工場は一日中フル回転の忙しい時代でした。

【当日の工場の様子】
 

 

戦後の様子

第二次世界大戦以降、しばらくは物のない時代が続きました。その当時の人々、特に女性たちにとっては、自分が持っている「きもの」を染め替えたりすることが、唯一「おしゃれを楽しむ」という事でした。

この時代、当店も手持ちの「きもの」を染め替えるという需要で、引き続き多忙な時代が続きました。

しかし、戦後30年が経った頃から、人々の日常着は「きもの」から次第に「洋服」へと変化していきました。

高度経済成長と共に社会が豊かになるにつれ、人々の「きもの」に対する価値観は変わっていきました。
「きもの」は、生活と密着した必需品から、礼正装の為に着用するお洒落で高級なものへと変化したのです。

「きもの」に対する価値観の変化は、さらに京友禅や加賀友禅など、歴史のある高級なものを求める高級志向へと変化していきます。

そんな時代の中、この地方では、たくさんあった「きもの」関連の工場は次々と閉鎖され、当店も昭和50年に染色工場をたたみ、制作拠点を京都の提携工場へと移しました。

 

現在の「金田京染店」

現在は、創業当時と変わらず山形県長井市に店舗を構え、日本に「きもの」を愛する人の輪を絶やさぬよう、ひとりひとりにとっての大切な「きもの」を作り続けています。



当店では、店主である金田眞一が、お客様のご要望に合わせて「きもの」や「帯」のデザイン案を構成し、そのデザイン案をもとに京都・洛西の創作染色作家・内藤一桂氏が図案化した、世界にたった一枚のフルオーダーメイドの作品を仕立てています。

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これまでに約100作品以上を創作した実績のもと、これからもあなたにとっての大切な一枚を心をこめて仕立て上げます。

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